リスクマネジメントでいう「リスク」とは、介護事故で動けなくなってしまったなど、何らかの価値の遺失のことをいいます。
リスクは、「発生する確率」と発生したことによって生じる「損失の大きさ」から、みていく必要があります。
ポータブルトイレの移乗時に転倒の確率がある場合、1日トイレに何回行かれるのか、何回転んだことがあるのかで、発生確率がわかります。また、転倒した場所やポータブルトイレの材質によって損害の大きさがわかりますよね。
事故の原因には人の誤り、いわゆるエラーというものがありますが、エラーの種類に応じて対応する必要があります。
まず1つは、的確な動作ができずにミスをする「フィジカル・エラー」。介護技術が未熟で利用者にケガをさせてしまった、失礼なことを言ってしまったなどの場合は、叱っても何の解決にもなりません。技術を身につけるよう訓練していくことが大事です。
逆に、判断ミスによる「メンタル・エラー」は、介護技術の問題ではなく不注意で起こることですから、説明をして叱るべきです。
リスクを分析する――どういったエラーのジャンルなのか、どんなレベルのリスクなのかを考えていくことこそがリスクマネジメントなんです。
この分析なしに事故をすべてリスクだと思い、「何とかしなくては」という形で何でもかんでも取り組むというのは、集中力が分散するだけですので、良い介護には繋がりません。
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定員を上回る70名が参加。福祉にも経営感覚が問われているということが、改めて感じられます |
では、リスク分析後、どんな対策をしていけば良いか……基本的に4つあります。
まず、「リスク回避」。簡単にいえば、介護事業に参入しないということです。介護の現場は人が関わることですから、リスクがなくなるということはありえません。ただし、発生確率と事故の被害を小さくすることは可能ですから、リスクの原因を追求せず、安易にリスクを流しているような施設でしたら、すぐに撤退した方がよいでしょう。
次に、「リスク移転」。リスクによる損失を他者と分担することで、わかりやすいのは損害賠償保険ですね。
ただ、すべてのリスクを他者に移転することはできません。お金の問題だけではなく、必ず自分たちで果たさなければならない部分、利用者側への対応などを行うことが大切です。
私は以前、介護の現場にいました。昔も今も思うことは、すべて職員に移転してしまう経営者が多いということ。これは一番ダメな経営者ですよね。やはり、経営者たる者、責任をもてないことはやるべきではありません。
それから、「リスク低減」です。例えば、歩行不安定で転倒のリスクがある場合、歩行を安定させるためにリハビリを行うことは発生確率の低減であり、床材をやわらかいものにすることは損失の低減になります。
リスク低減を考えるときには、発生確率と損失の大きさのどちらを低減させることが目的なのかを明確にすることが重要です。
最後が「リスク保有」。リスクを現状のまま保持すること、リスクを受容することです。この対策では、利用者側が受け入れられるレベルのリスクかどうかを確認することが重要です。
また、リスク保有では「見守り」という対策が多くなりますが、誰がどのようにしているのか明確になっていなければ、何もしていないに等しい状況となり、かえってリスクが増大する可能性があります。
リスクマネジメントには、事故にきちんと向き合う姿勢が一番大事なのではないかなと思います。それができない場合、介護事故のハザード(危険源)は他でもない経営者、施設長にあるといえます。
形だけの導入ではなく、利用者の立場にたち、納得できる説明とサービス提供を行う。それをシステムとして考えていくことが、これからの福祉経営には求められているのではないでしょうか。
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窪田順司 氏
(株)船井総合研究所
経営コンサルタント
ISO、人事考課、マーケティング
などシルバービジネス全般にコンサルティングを展開中
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福祉サービスにおけるマネジメントとしてISO9001とともに、現在、第三者評価が話題になっております。
ISO9001と第三者評価の違いは何でしょうか。
「発想」や「費用」などさまざまな違いがありますが、「審査内容の公開」で比べてみますと、ISO9001は取得の有無だけで、中身については公表されません。逆に、第三者評価は5段階評価などの審査内容がホームページ上で公開されます。
「有効性」は、どちらを受けられても絶対良いです!取り組もうという姿勢は100%有効です!ただし、その取り組み方によって良くも悪くもなりますので気をつけていただきたいと思います。
さて、その取り組み方なんですが、私がお手伝いしている10数施設でも、1日平均1〜2件のミスの報告があります。人のやることなんですから、ミスはあって当然なんです。
それを当たり前のこととして、報告させられているかどうか、そういう雰囲気、環境ができているかどうかが重要になります。
報告を受けた後、リアクションをしない経営者が多いんです。決定までどれくらいの期間で判断してあげられているかが、経営者と現場職員の距離の目安になるんです。事故報告だけに関わらず、物品購入の要望を出された場合でも同じことがいえます。つまり、期間が長くなればなるほど、「何を言ってもムダだ」と職員に誤解され、職員との間に溝ができてしまいます。
そこで、必要になってくることは施設の経営方針(経営理念)を伝えることなんです。
その際、「じゃ、今年は○○をやってくれ!」と安易に押し付けると、職員のモチベーションは下がってしまいます。方針に根ざした職員からの自発的な目標を提案させることが大切です。
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「マネジメントとは、管理・運営という意味だけでなく、人と人との関わりです」と語る窪田さん。 |
では、どのように展開していけばいいのか。
ある施設では今年、達成したい目標に「暮らしある生活となるよう働きかけをすること」を挙げ、具体的に「一汁つくりを〜回やる」(一般家庭では食事を自分で作りますもんね)と数字も設定しています。
つまり、目標だけではなく具体策も職員と一緒に考えていくことが必要なんです。
目標を設定すると、その実行の証拠として記録をつけなければいけなくなりますね。現場には負担が増えますが、自分たちがやっていることを第三者にも確認してもらえることはもちろん、職員自身が確認できる点で、非常に便利な資料になるんです。
これをシステムとして、誰から起案していくのか、いつ発表し、開始するのかというプロセスをしっかり決めていくことがISOの項目にも含まれていますので、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。システムというのは、簡単にいえば「シクミ」ですよね。
今、施設でユニットケアは「やっていないといけない」というような雰囲気があります。しかし、何でもかんでも、みんなが良いといったから始めるというのは、本当に自分の施設のハード面(建物そのものの構造)などを考慮しても、「シクミ」として有効なのかどうかを考えていただきたいと思います。
職員の教育にも「シクミ」が必要です。「シクミ」があった上での人事考課の導入ですね。
教育訓練実施計画表など細かい項目を設定し、「施設の方針を理解できる」、「利用者の名前がわかる」など、入社時からチェックしていく。「ほんまにわかってんの?できるの?」ということを客観的に判断する、確認できる材料になるんです。
経営者のみなさんが何をすべきか、施設の運営、方針としてどのようにやっていくのかということを「シクミ」として明確にするということが業務の効率化に繋がりますし、職員のモチベーションUPにも繋がります。その施設なりの「シクミ」をしっかりとつくるというような体系をとっていただきたいなと思います。
窪田:ADLの状況を数字で出していると思いますけど、その数字がどのように推移しているか、確認することをオススメします。介護度が軽減されてきているか、維持できているかを確認されて、ケアや質の評価に役立てていただきたいと思います。それが施設の価値にも繋がっていきますから。
安永:確認後、どう活かしていくか。例えば、入浴で機械浴が増えている場合、機械が一つしかないのであれば、職員を増やすよりも機械を増やした方がいいですよね?数字+現場への反映の仕方が大切だと思います。
窪田:そういったことを「シクミ」のなかに取り入れていくということが非常に大切です。マネジメントとして何をしなければならないのか……という部分をぜひ確認していただきたいと思います。
安永:自分たちが何に力を入れていて、何を評価してほしいのかを訴えていかなければなりません。特色を出さないと選ぶ方も選べませんから。
窪田:差別化を施設がPRできるかというところですよね。今日聞いたことを考えるだけではなく、明日からすぐに一歩踏み出していただきたいと思います。
安永:そうですね。あと、経営者には「自己決定」や「QOLの向上」などきれいな言葉ばかりではなく、具体的に現場が動ける言葉持っていただきたいなと思います。
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