療養通所介護の利用で、家族は「自分の健康」を気遣える
介護保険対象者で「療養通所介護事業所さくら」(名古屋市、以下「さくら」)を利用している男性のお宅に伺いました。
これから「さくら」に向かう男性ご利用者。外に出るにはベッドから車いすへの移乗のほか、団地にお住まいのため、エレベーターでの移動が必要になります。このとき運転手と看護師が安全に配慮して行うため、奥様の介助負担はありません
男性は、現在奥様とふたり暮らしです。脊髄小脳変性性(運動失調をおもな症状とする難病)で、 現在、 TIPPV(気管切開下での人工呼吸器)、HPN(中心静脈から高カロリーの点滴を投与する中心静脈栄養法)、PEG(胃に直接栄養を補給する胃ろう)、24時間パルスオキシメーター(血液中の酸素量を測定する機器)という医療的管理を必要としています。
訪問看護やリハビリ、療養通所介護、訪問入浴などのサービスの利用時以外は、こうした医療的な管理も奥様がひとりで担っています。
奥様は、自宅で口のケアの指導をしてくれる歯科衛生士を自ら探すなどご主人の介護を熱心に行っており、日頃の様子はきちんと整頓されている寝室の様子からも伺えました。
しかし、我が家も介護をしている経験上わかりますが、熱心に介護する家族ほど、自分の健康管理は後回しにしがちなのです。
「私も腰痛があって病院に行きたいのですが、普段はなかなか家を空けることができません。でも、主人が『さくら』を利用する今日は病院へ行くことができ、とても助かります。療養通所介護は全国的にもまだ数が少ないと聞いていますが、私達は『さくら』のような場所がたまたま近くにあって、とてもラッキーだと思っています」と奥様は話していました。
介護に追われる家族が「したくてもできないこと」
リクライニング車椅子のテーブルに呼吸器をのせて「さくら」の周辺を散歩。たまにコースを変えることもあるとか。担当の看護師、山田登紀子さんは、「もうすぐ花が咲きそうですね」と、優しく男性に声をかけます
散歩から戻り、男性をベッドに移す看護師のみなさん。
人員配置が手厚いこともあり、利用者ひとりひとりに対して丁寧なケアがなされます
ストレッチャー(寝台)対応の福祉車両の車内では、看護師の山田登紀子さんが呼吸器をつけた男性を見守ります。
「さくら」に到着すると、山田さんが男性の様子に異変がないかを確認し、血圧の測定や痰の吸引などを行います。
その後、看護師の山田さんが男性の散歩に行くとのこと。
外の空気と光を肌で感じることは刺激になります。しかし、とくに医療行為が必要な場合、介護をしている家族は「万が一なにか起きたら」と散歩をしたくてもできない場合もあります。
また、医療的管理が必要な人を介護している家族は、とくに毎日の看護や介護に追われて、「散歩に出る」という時間がなかなかつくれません。
介護している家族の立場として、家族が普段できないことをしてくれ、さらに安心して任せられる場所があるということを非常に羨ましく思いました。
「光が眩しくありませんか?」
直射日光が目に入らないよう、男性の目をミニタオルでカバーするなど、看護師の山田さんは男性利用者を常に気遣っていました。
ノンバーバルコミュニケーションが成立するスタッフと利用者との関係
リビングで少しの間でも呼吸器をはずす訓練をします。
看護師や介護職員が動き回り、ほかの利用者がいる共有スペースで
過ごすことは刺激にもなります
この男性利用者は、「さくら」ではこうした散歩のほか、呼吸リハビリや呼吸器離脱訓練も行っています。自分の肺の力で呼吸できるよう、看護師の見守りのもと、呼吸器をはずす時間をつくるようにしています。
「男性は言葉を発することができませんが、私達の声かけには眉毛を動かして応えてくれます。私達は彼の眉の動きによってコミュニケーションをはかっているのです」
「さくら」の管理者で医療法人偕行会在宅医療事業部運営局長の当間麻子さんはそう話します。
10年という長い期間の関わりがあるからこそ、「眉の動きによって」コミュニケーションをはかることも可能なのかもしれません。
一方、医療が必要な人の介護保険におけるサービスのありかたに目を転じると、訪問看護や訪問介護のスタッフと利用者の間で、このようなノンバーバル(非言語)コミュニケーションが成立する関係を構築するのは難しい現実があるように感じました。
介護保険のサービスではその人の要介護状態に応じた上限額(区分支給限度額)を考慮したケアプランが作成され、例えば「訪問看護」は週に1回、約1時間というように毎月定期的にサービスが提供されますが、サービス中に、スタッフが利用者の「眉の動き」まで伺う余裕がないこともあります。
ちなみに、ある訪問介護事業所を取材したとき、サービス提供責任者が「その人に話しかけたり、見守ったりすることはサービスとして認められない。私達はサービス中に常に体を動かしていないといけないんです」ともらしていたのを覚えています。
また、とくに訪問介護におけるヘルパーなど、ご利用者との「関係」ができる前に退職してしまい、スタッフの入れ代わりが著しい現状もあります。
さらに、居宅サービス事業所のなかには職員研修が十分になされていないところも多くあります。ご利用者の「眉の動き」まで配慮できるスタッフの「質」をいかに育成するかーー。こうした人材の育成についても、今後考えていくべき課題ではないでしょうか。
看護師に求められる専門性と負担軽減のためのアドバイス
一方、「さくら」の訪問看護師をはじめ、同事業所の運営母体である医療法人偕行会の看護師は呼吸療法について専門的なスキルを身につけているといいます。
「療養通所介護において医療が必要な人をケアするにあたっては、高度な在宅の医療技術を持つ看護師を育てることも課題になるでしょう」と当間さんは言います。
さらに、当間さんによると、ご利用者の痰の吸引にかかる身体的な負担も呼吸療法の技術を身につけることによって軽減できるといいます。
医療が必要な利用者が増えることが見込まれる今後、療養通所介護、訪問看護の看護師にも専門的な技術や知識を身につけることが必要で、介護負担軽減につながるケースにおいては、そうしたノウハウを家族に指導し、助言していくことも大切だと感じました。
「療養通所介護には看護職が介護職とともに利用者のケアをしていくことも必要だと感じています。私達は看護職だけでなく、介護職の質を高める努力も必要でしょう」と当間さんは言います。
家族のような温かさと看護師としての冷静さで
看護師の 麻續恵さん(左)と上村由紀さん。
現在「さくら」の利用者は、同法人の訪問看護を利用している人に限られていますが、療養通所介護の看護師が担当の利用者全員の訪問看護を兼務しているわけではないため、利用者のご家族や訪問看護ステーションと連携をはかることが大切です
療養通所介護の人員配置は利用者:看護・介護職員が1.5:1.0となっています。病院や施設では利用者が「座らせっぱなし」になっている光景などをよく目にします。忙しく動き回る看護師や介護職の姿を見慣れているだけに、ここでは非常に手厚い看護がなされていると感じました。
「療養通所介護で働く看護師は、医療ニーズを相当程度抱えるご利用者を担当していますので、それだけご利用者への配慮も求められます。さらに、病院と異なり、自分が受け持つご利用者に目が届きやすいぶん、ひとりのご利用者に対する思い入れが強くなる場合もあるでしょう。しかし、療養通所看護の看護師にはあくまで冷静な対応と、事業所としてサービスを提供しているという意識をもつことが求められるのです」と、「さくら」で常勤の主任看護師として働く麻續恵さんの言葉が印象に残りました。
療養通所介護の看護師には、家族のような温かさだけでなく、サービスを提供するプロの看護師としての冷静さもまた必要なのです。
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