ここ数年、「介護」や「痴呆」など私たちの身近な問題を扱った映画が話題を集めています。
描かれているテーマは介護や痴呆にとどまらず、「生き方」や「老い方」「家族の絆」など考えさせられることばかり。
そこで今回、ふくしチャンネルでコラムを執筆中の小山朝子さんに、映画監督と語り合っていただきました。第1回目は『ユキエ』『折り梅』の松井久子監督です。
松井久子
1946年生まれ。早稲田大学演劇科卒業後、雑誌のフリーライター、俳優のマネージャーを経て、39歳の時にテレビ番組の制作会社エッセンコミュニケーションズを設立。テレビドラマ、ドキュメンタリーのプロデューサーとして活躍。
98年、企画から公開まで5年の歳月をかけた「ユキエ」で映画監督デビューを果たす。2002年、2作目となる「折り梅」が大ヒット。 |
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小山朝子
1972年生まれ。95年ライターとして独立するも、99年にクモ膜下出血で倒れた祖母の介護に専念するためセミリタイア。2001年、在宅介護を続けながら執筆を再開。現在、新進気鋭の介護ライター、介護ジャーナリストとして注目を集め、高齢者介護の分野を中心に雑誌等で連載多数。著書「朝子の介護奮戦記」、ドキュメンタリービデオ「笑顔が見たくて〜わが家の介護〜」が好評発売中。 |
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小山 |
監督はライター、マネージャー、プロデューサーといろいろな経歴をお持ちですが、映画を撮ろうと思ったきっかけは? |
松井 |
39歳の時にテレビ番組の製作会社を設立して、2時間ドラマを作り続けてきたんですけれども、50歳に近付くにつれて自分が作りたいものとニーズがずれてきたんです。
私がこの仕事をしているのは、自分の考えていることを人に伝えたいという想いがベース。でも、私が伝えたいものが必ずしも視聴率が取れるもの、商品になるものではない。会社を経営、維持するためにつくるという状態に疑問を感じ、もっと自分に忠実に生きたいなという想いが生まれたんです。
そんな時、芥川賞の小説を読んで小さな映画を作りたいと思ったことが出発点となり、資金集めに3年かかって、50歳の時に1作目の『ユキエ』の撮影が実現しました。 |
小山 |
『ユキエ』のストーリーは、戦争花嫁と呼ばれるユキエが主人公です。アメリカに嫁いでアルツハイマー病を発病した彼女を愛し続ける夫の姿や、家族の絆が描かれています。
一方、『折り梅』は義母と同居することを決めた三男の嫁が主人公。引っ越して間もなく痴呆を発症した義母との葛藤や、家族愛が描かれています。
2作とも「痴呆」にスポットがあてられていますね。 |
松井 |
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映画『ユキエ』のワンシーン
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『ユキエ』はアルツハイマーの映画を撮りたいというより、45年積み重ねた夫婦の愛の形を描きたかったんです。たまたま主人公が「痴呆」になるという設定だった。
初めて「痴呆」という問題に直面して思ったことは、生きる本質を考えさせられる病気だなということでしたね。
このテーマにもう一度向き合ってみたいと思っていた時に、『折り梅』の原作との出会いがあったんです。 |
小山 |
監督は「痴呆」をどう捉えられているのでしょうか。 |
松井 |
痴呆で一番大きな問題になっているのは、偏見や誤解、隠さなくてはという人々の意識だと思うんです。このことが介護を確実に難しくしている。
病にかかっても、人間命ある限りその時にできること、周囲の支えで笑顔で生きる権利があります。
痴呆になった人は何もわからなくなってしまうのではなく、記憶が失われていくことを日々不安に感じながら一生懸命受け止めているんです。
そんな痴呆になった人の苦しみや不安を映画で描いたのは、たぶん私が初めてだと思いますよ。 |
小山 |
『ユキエ』も『折り梅』もキャスティングが個性的ですばらしいと思いますが、監督の目を通して選ばれたんですか? |
松井 |
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映画『折り梅』のワンシーン |
一つは私の好みよね(笑)。
特に『折り梅』のような映画はキャスティングが地味になると、簡単に教育映画のジャンルに追いやられてしまう。
私は『折り梅』を劇場用エンターテイメント映画にしたかったの。ドキュメンタリーでは見る人が限られてしまうからね。介護に携わっていない人、関心のない人に観てもらわなければ意味がない。介護のプロにも嘘っぽくないと言ってもらわなければ。
そのために、とびっきりカッコイイ女優さんを選んだんです。 |
小山 |
痴呆になる姑役の吉行和子さんは、この役を受けようかどうしようか悩まれたそうですね。 |
松井 |
今後のお仕事へのマイナスイメージなどを恐れられていましたが、やると決められてからはとても自然に演じられていました。 |
小山 |
監督からの演技指導はどういったものだったんでしょうか。 |
松井 |
外側から痴呆の人の特徴をまねるということは、絶対にしてほしくなかったんです。
痴呆だから特別なわけではないのよ。感情は健常なお年よりとまったく一緒。
役作りは大変だったでしょうとよく言われますけど、みんな痴呆は特別と思いすぎているんですよね。
吉行さんには、痴呆の人はどうなんだろうかと考えず、普通の人として悲しい気持ち、怒れる気持ちになってもらえれば十分だとお話しました。 |
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小山 |
映画を見られた方やファンと交流されていて、「勇気をもらった」などいろいろな声があると思いますけど、監督にはどんな声が一番響きますか? |
松井 |
映画をつくったらじっくり2〜3年かけて観ていただいて、お客様と交流を深めるというのが私のスタイル。
自分で言うのもなんだけど、私の映画って観た人が他の人にも観せたいと思ってくれるらしくてね。ありがたいことです。
映画を上映するためには、大体1か所1000枚ほどのチケットを売って観客を集めなくてはならない。すごくエネルギーのいることなの。そんなエネルギーのいることを1100ヶ所でやってくれて、100万人以上の人が観てくれたんです。
そのことが、とてもうれしい!
また、私の映画を観て、話を聞いてもらうと私と同年代の人は「私にも何かできるかもしれない」と思ってくれる人が多いこともありがたいなと思います。 |
小山 |
1100ヶ所!
監督は切り開いていくというか、前向きですごいと思います。 |
松井 |
あなたほどじゃないわ(笑)。
私は、大変な体験を上手に仕事につなげる小山さんのバイタリティに感心しているのよ。今までやってこられてきたジャンルと違うんでしょう? |
小山 |
はい。今までは女性誌の一般的な社会問題などのコラムを書いていました。
先ほど監督がエンターテイメントでないと意味がないと仰ってましたが、介護をテーマにすると、やり方によっては一部の人にしか読まれないものになってしまう。私も悩んでいるところなんです。エンターテイメントするというのは監督だからできたことだと思います。
2作を通して「命」や「愛」がテーマになっているようですが、監督の永遠のテーマ、伝えていきたいものは何でしょう。 |
松井 |
すごく大きく括れば、「家族」ですね。それから、「足元を大事に生きる」ということ。 |
小山 |
「足元を大事に生きる」とは? |
松井 |
まさに小山さんがやっていることでしょう!
おばあさんと過ごされているような時間を仕事に費やして、もっと早くキャリアを積むという考えが現代の価値観。
でも、小山さんはそういうことを避けてきた時には絶対に得られなかった喜びを得ているという実感がある。だから介護を続けられるのよね。耐えては続けられないと思う。
今の人はそういうことを忘れて、情報やお金、社会的な地位や名誉に振り回されて生きる実感というのが得られないでいるような気がする。
だから、「自分の足元が一番大事」なの。そこを生きることが最も尊いんだということを私はこれだけ生きてきてわかったのに、小山さんはその若さでもうわかってるのよね。 |
小山 |
ブームのようなもので終ると危険ですが、監督の映画は普遍性があり、いつの時代とも共通していると思います。流行ではなく、ずっと観継がれていくものですよね。 |
松井 |
自分が生きていて最も関心のあるもの。それをストレートに正直に表現することが人に伝えるうえで力があると思っています。
でも、その時の時代性というものがあってね、時代性をキャッチにしつつ中身は普遍的なものをつくらないといけないと思っているの。 |
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継続は力なり。今の自分を磨くことで見えてくるものがある |
小山 |
今までお話を伺ってきて、監督は魅力的な生き方をされているとつくづく感じました。 |
松井 |
私と小山さんって自分の実感で生きているところとか、物の見つめ方など、根っこの本質は似てるんじゃない?
でも、私の若い頃は今のあなたのようにしっかりした見方はできなかった。私くらいの年齢になったら、この人どうなっちゃうんだろう(笑)。 |
小山 |
最高の誉め言葉を(笑)。
監督はライターやマネージャーなど1つのことを10年ずつ、着実にやってこられたんですよね。着実に自分の中で消化して次のステップにされています。 |
松井 |
そうしないと、次の道は開けないと思うの。
今の若い女性と違って、選択肢がいっぱいなかったので、こういう仕事がしたいとか明確に思えなかった。自分が思っていたことと違うからと変える、転職するということはなかったですね。
一度始めたらその仕事で一人前になるまでに10年はかかると思います。でも、私は一人前になると自分の仕事に興味がなくなるのよね。挑戦している時が一番好き。 |
小山 |
映画監督を10年やったら、次のステップはあるんでしょうか?それとも、映画は一生の仕事になりそうですか? |
松井 |
今までもそうだったんだけど、先に自分でこうしようとかいう計画性はあまりないの。木の実が熟して落ちるところに任せてる。
映画監督を初めて8年。今はもう1本つくらせて!という感じ。それをつくった時にまた答えが出ると思うから。その時の自分の感性に任せるつもり。 |
小山 |
木の実が熟すまで待つというのは、なかなか今の人にはできない生き方ですよね。我慢ができなかったり、やりたいことが見えなかったり。 |
松井 |
やりたいことというのは、やっていると見えてくるのよ。
今、目の前にあるものが自分の等身大と思っています。自分には力があるのに、これだけしか与えられていないと考えるのは驕り、幻想なのね。神はその人に等身大のものを与えているんだと謙虚に考えて、与えられたものをとにかくコツコツやっていると必ず見えてくる。ひらけてくるものがあると思う。 |
小山 |
最後にメッセージをお願いします。 |
松井 |
福祉や介護というのは特別なことではないんです。介護=重いもの、辛いもの、大変なものと思われているけど、私が出会ってきた人たちはそこから喜びを得ている。むしろ、自分のために介護しているとも言えるの。つまり、今の価値観で大変だと思われることからしか生きる喜びや心の糧は得られないんですね。
今の時代は、いかに大変なことを避けるか、傷つかないように葛藤を避けつつ生きるかということが主流になりすぎている。そういう生き方をしている間は、生きる喜びも手応えも得られないでしょうね。
このことこそが私の映画のテーマだし、小山さんが体現していることだと思います。そういう点をもう一度考えてみてほしいですね。 |
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[ vol.2槙坪夛鶴子監督との対談へ ] |